2日、昼もだいぶたった3時くらいに家を出て、事務所に向かう。そこで、ちょっと事務的なことをやったりしてから、夜は新宿へ。打ち合わせを兼ねて、ちょっと一杯やったのだ。
 どうも、去年あたりから自分はうつ傾向にあるんじゃないかと思ってはいるが、実際にやりたいことにはそこそこ手を出しているので、それほど深刻なレベルではないようだ。いかんせん、昔よりもスピードが遅い。それにすぐ忘れる。
 渋谷のカラオケ店を1日の明け方出て、そのまま目的もなく遠くに行きたくなった。品川から東海道線の各停に乗り、西の方に行く。ほとんど眠っていたが、どこかでローカル線に乗り換えようと、豊橋についた時、飯田線に乗り換えてみた。ただ、本長篠という駅についたら、そこから先まで行くのに電車を2時間近く待たなきゃならないのを知る。見たところ、とても冷房のきいた喫茶店なんてなさそうな、寂しい駅前。こりゃ、暑くて倒れるわ、と引き返す。
 もうちょっと東海道線を進み、名古屋の手前の岡崎あたりまでは行く。名古屋で中央本線にでも乗るか、と思ったのだ。だが、あまり気分がハズむわけでもなく、だったら、家に戻ってのんびりした方がいい、と一挙に帰途につく。東海道線を元に戻り、最後は横須賀線の快速で赤羽まで行き、家に帰ったのは10時半くらい。
 今から10年くらい前、よく息子と夏休みに青春18キップで各地を回ったりしたが、あの頃の楽しさを味わうのは無理だな。
 狂ったような暑さが続く中で、31日も、外を歩いていたらボーッとなってしまい、一か所、行く予定のところを後日に延期させてもらった。
 それでも、夜の『突然ライブ』は、やる。やはりお客さんの入りはよくないが、とにかくやれる状態のうちはやりつづけてみる。終わって、数人と飲んでから、深夜、かれー王とたっきー、ポンちゃん人形と4人でカラオケに行く。明け方まで飲んで歌う。


 浅井企画に打ち合わせに行き、神保町にも行く。30日は、また暑い中での移動で、汗をびっしょりとかいた。いったいいつまで、こんなバカバカしい気候が続くのだろうか。
 神保町では、『セルジュ』に行き、かれー王に、出版関係者の人と会ってもらう。けっこう話が合ったようで何よりであった。その帰り、『死の準備』という本を読み、「寿命が許せば十年、二十年かけて、少しずつ死んでいくこと。それが、死の準備というものではないか」との、山田太一の言葉に「なるほど」と思う。私の、抜歯して入れ歯になったり、深酒した翌日はまったく使い物にならなくなったりするのも、少しずつ死んでいっているシルシなんだろうな。ま、時間の流れに逆らって「若返ろう」なんて無理をする根性は、私には、ない。
 29日は大田原の健康お笑いライブの日。正午前には会場の、大田原職業訓練センター講堂に集まり、ネタのチェックをしたり、客席作りをしたり。ゲストは東京ペールワンと、まぁこと長江もみ。受講生の出演者は12組。
 皆さん、けっこうお客さんを呼んでくれて、前回よりも20人くらい多かった。それだけ集まると、出演者も気合いが入る。2時半から4時過ぎまで、なかなか場内、いい雰囲気で推移した。
 ホントに、ここのところ特に、この大田原の講座はやっていても楽しい。前期、あと1カ月で終わってしまうのが寂しい。