もう、しばらくこのブログに投稿するのを忘れており、久しぶりに投稿する。
 とりあえず、今やってることと、これからやろうとしていることを書いておく。
 4月上旬に、清水博正さんという盲目の演歌歌手の本を出す予定で、ほぼ最終段階まできている。で、そのあとは「コスプレ」という言葉の生みの親でオタク業界の重鎮である高橋信之さんの本と、ある高名な作詞家の方の本を、6月くらいに出すつもり。
 夏から秋くらいに出そうと考えている本の企画も、ボチボチとスタートしつつある。
 つまりは、本を作って出す。それと『ちょっと昭和なヤングたち』は、出来るだけ2カ月に一回ずつの割合で続けていきたい。
 要するに、やりたいことをやりたいってこと。
昼間、いまさらながら映画『この世界の片隅に』をテアトル新宿で見て、夜、新宿ゴールデン街劇場で、稲門シナリオ研究会の後輩の渡部くんが出てる芝居を見る。
 
 千葉県いすみ市にある「いすみ学園」という施設に行ってくる。自閉症を中心として知的障害者の人たちをケアするところだ。
 今、私は作詞家・たきのえいじ先生の本を作るべく動いており、そのたきの先生が23年も前から、この「いすみ学園」の入所者の皆さんによる「歌合戦」を続けている話を、以前から聞いていた。で、今年は2月12日に開催するとのことなので、先生にくっついていったのだ。なぜか現地に行くと、審査員の一人にされていた。
 いや、なかなか楽しかったですよ。
 1チーム10人くらいのメンバーが9チーム出場して、思い思いの歌を唄うのだが、どのチームにも、とにかく一生懸命唄う人、無心に踊る人、それにただ立っているだけで何もしない人がいる。
 私としては、特に、この「ただ立っているだけ」の人たちにとても心惹かれた。
 たぶんその人たちは、舞台の上で「ただ立つ」こと自体が一つの大冒険だったろうな、と想像ができるから。
 よくあるカラオケ大会だと、「プロっぽく唄いこなす」のをよしとするのに対し、ここでは、もう音程もテンポも動きも、一切の規制がないのも心地よかった。
 しかもみんなけっこう楽しそうだった。
 あ、音楽って、こういうのでいいんだよな、と感じた。
 私は社会貢献とか福祉とかには、ほぼ体質的に興味はない。身障者の方を見かけて、ぜひ手助けしたいなんて殊勝な気持ちも持たない。
 ただ、きょうの「歌合戦」を見て、人はひとりひとりみんな違う、どの人には価値があって、どの人にはない、なんてことは決してないのだけは、改めて思った。
 「ただ立っている人」の存在感て、実に圧倒的なのだ。
 カネ儲けに走るでもない。名前をあげたり、女の子にモテたいでもない。「ただ立っている」だけでも十分に生きている価値はあるんじゃないか、と唐突ながら、そこまで考えさせられた。
 また、「ただ立っている人」たちって、みんな、いい顔してるんだよねぇ。
 どうも、最近、痛感しつつ、じゃあ改善する気があるのか、と問われると、実はぜんぜんその気がないものがある。
 それは「向上心がない」ってこと。
 昔からあんまりなかったが、60過ぎて、ますます「そんなもんなくてもいいだろ」と開き直るようになってる。「もっとカネをかせげるように」「もっと有名になれるように」といった俗なものばかりでなく、「もっと完成度の高い本を作るように」とか「もっと世の中の役に立つように」とか、そういったのも全部ひっくるめて、「より上を目指す」エネルギーがほぼなくなっている。
 おかげで、ヒドいビンボー。出した本もちっとも売れない。
 で、本やネットなんか見ると、「向上心のない人間は生きてる意味がない」みたいな話だらけ。

 しょうがねぇな。昔なら、そういうの見て、「あ、俺ももっと向上心持たなきゃ」と反省していたのが、今は反省する気も起きない。それでよく人に、「あんたは、まともに売る気もないのに、ただダラダラと本だけ出してる」と指摘されたりする。その通りなので、反論もできない。

 しかし、どこまでいっても、別に「向上」したいって意欲はあんまりないのだ。確かに出した本は売れなくてしょうもないし、人脈が豊富なわけでもないし、当たってもいないし、これさえやったら悔いはないというライフワークが進行中とかでもないし。ダラーッと平行線を続けているだけで、体力、気力が落ちてる分、緩やかな下降線をたどってるだけのようでもあるが。
 その上、なにかの機会で「向上心満々」の人の話を聞くと、うっつとうしくなって、「もうやめてくれ」と制止したい欲求に駆られたりする。どうも、頑張ってる人を見ると疲れるのだ。
 
 「向上心アレルギー」という病気かもしれない。
とうとう、終盤戦でガチガチになり、クドいくらいに優勝を逃している稀勢の里が優勝か。
 となると、体質的に非常に似ている浦和レッズも、今年こそ優勝できるかな。
 なんかそういう、「強いのに勝ち切れない」人たちが覚醒する年に今年はなりそうだ。